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ss2:奈良橋悠の場合


奈良橋悠の場合:宿舎にトランポリン


「トランポリン」
「・・・は?」
「トランポリン、ここに置けるか?」
「はい、置けます。ただし、天井は決して高くありませんので、ご主人
様がその上で跳ねるのは難しいかと」
「跳ねられなくてもかまへん。ただ、その上におれが寝たり、立ったり
歩いたりできるくらいのが欲しいんや」
 AIは2秒ほど沈黙した後言った。
「特注になりますので、一週間ほどかかります。費用も自己負担になり
ますがよろしいですか?」
「・・・かまへん」

 一週間後、トランポリンは運び込まれた。
 奈良橋が靴を脱いでトランポリンに乗ると、天井との間は50cmほどし
かなかった。それでも一辺が3メートルほどのトランポリンを、天井に
片手をついてバランスを取りながら四隅を巡るように歩いた。

 一歩踏み出す毎に、体が沈み、また浮かび上がりそうになる。

 肩の高さを一定に保ちながら歩くのが、とても難しい。

 一周回るとトランポリンの中央に仰向けになり、瞳を閉じた。

 奈良橋の養父、朋庵は言った。

「トランポリンは、仏さんの教えを良くあらわしとる」

 子供だった奈良橋は、無邪気に跳ねながら問い返した。

「これのどこが仏さんの教えなの?」

「高く跳ねようとする時、より深く踏み込む」

「へ?」

「業というものだ。多くを望む者は、多くを支払う」

「ゴウ?」

「寝そべってみい。そうして初めて、お前さんの体もトランポリンも浮
きも沈みもしなくなる」

「でも、そしたら何の為のトランポリンなの?」

 ポンポンと無邪気に跳ね続ける奈良橋に、朋庵は目を細めて言った。

「まさに!まさにそれこそが人の業よ。生きようとすれば揺れ動く。止
まったままでおれば揺れはせんかも知れんが、生まれてきた意味も失う」

「じゃあ、どうしては人は生まれて、死ぬの?」

「わしはの、全ての命は同じ所から来て、同じ所に帰っていくと思って
おる」

「天国と地獄とかじゃなくて?」

「それは同じ物の表裏かも知れん。ただの、浄土とやらに留まっておれ
ば悩みも生まれないだろうに、なぜ命はそこを離れる?わしは、答えが
そこにあるような気がしてならん」

「ムズカシクてわかんないよ」

「はは、すまんすまん。だがな、トランポリンの上を平らに歩ける者は
おらん。どんなに気をつけてもわずかに上下はしとる。生きるとはそう
いうことじゃ」

「ただ楽しく跳ねてるだけじゃだめなの?」

「トランポリンはそのために作られたのだろう。この世も然りじゃ。だ
が生きるとはどういう事か分かった時、高く飛び跳ねるだけが楽しみで
はないと分かるじゃろうよ」

 奈良橋が養父と巡りあってしばらくして交わした会話だった。


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